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[01:AGIRLINTROUBLE]
「いい加減、ケーキ屋さんも私のことを覚えてくれたらいいのに」
テーブルの上には、デパートで買ってきた料理が並んでいる。
そして私の目の前 ― キッチンには今置いたばかりのケーキ。
あとはキャンドルに火をつけるだけ。
12月24日。私は毎年の決まり文句を口にする。
こんな日に、世間の一大イベントに関係ないケーキを注文されれば、お菓子のプロだって毎年肩透かしをくらった顔をしてしまうものなのだろう。
「世の中は、ずいぶんロマンチックなのにね」
ため息を一つ、ついてから、どこかで聴いたような歌を口ずさむ。
テーブルに食器を並べると、カチャカチャという音が静かな部屋に響く。
詞の通り聖なる夜かはともかく、静かではある。
手を止めて、父親の部屋のドアを見る。
「お父さん、喜んでくれるといいけど……」
父親は仕事からまっすぐ帰ってきて、今は部屋に閉じこもっている。
無口で、無気力で、なにも言わない人。顔を見る度にこみ上げるのは、苛立ちばかり。
つい数日前も、私が一方的に話してて、なんの反応もしてくれなかった。
それでも、お父さんはお父さんだ。
気まずいままでいるのは嫌だった。
「よし、がんばろ!」
私は自分を励まそうと気合を入れる。今日は仲良く、少しでも話をしてみよう。プレゼントをねだって、会話の糸口にしよう。
そんな事を考えながらケーキを手に取り、テーブルに運ぼうとした瞬間 ―
「っ!」
目の前が一瞬で真っ暗になった。何が起きたのか分からない。体に力がはいらない。
― 怖い、怖い、怖い!
誰か! 誰か助けて!
今日はクリスマスイヴで、私の誕生日なのに!
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[02:ABOYANDASTRANGER]
12月24日。
街中にはカップルや親子連れ、煌びやかな電飾に飾られたツリー。
そう、今日はクリスマスイヴなのだ。
「外は寒いし、駅前は混みすぎだし……」
そんな中、俺は独りでいわゆる“お使い”をしなければならなかった。
「なぁ、俺の気持ち、分かってくれるだろ?」
『……何も分からないけど、くっだらないことを考えてたのは分かった』
携帯電話の向こうから、露骨なため息が届いた。
『っていうか電話かけるヒマがあったら、早いところ予約してたケーキを受け取ってきてよ』
「いや、これは ”俺には用事があるから、クリスマスに1人でも仕方ない”ってアピールするためで」
『くっだらない』
一刀両断。
『いいから早く。さもないと、お姉ちゃんが―』
「どうかしたのか?」
『“お腹が空いたー”って泣きながら床の上を ごろごろしだすわ』
「……とっとと回収してくる」
『お願い』
くたびれた風に通話を切り、スマートフォンをポケットに戻す。
……しまった。
どうせならケーキ引渡しの順番待ちの時に電話すべきだったか。
そうすれば、いい時間つぶしになったのに。
なんだか損をした気分で、肩を落としたまま足早に歩く。
その時―
俺の横を、1人の少女が通り過ぎた。
浮かれた街の空気はとたんに失せ、一瞬、呼吸がとまった。
クラスメイト?
最初に浮かんだキーワードを即座に否定する。
“知らない顔”なのに“知っている人間”だと無意識に思ったのは何故だろうか。
わからないまま、俺は振り返った。
「……あ」
思わず声を漏らす俺から数メートルの距離を置いて、彼女もこちらを見ていた。まるで受け止める者を咎めるかのように。
かつて彼女に出会い、何かしただろうか?
それとも、別の理由が―
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